42歳、AppleとlifeHackと人生と・・・

lifehacker.jpライター。happy-applelife管理人。僕の行動でちょっとでも世の中をよくすることができたら、ちょっとでも誰かHappyにすることができたらうれしいです。




働くってことを甘く見ていたのかも。

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僕は出世欲とか、給料に対する欲というものが希薄です。

出世することで権力を手に入れることへの興味がないし、どちらかと言えば、出世に伴う責任の重さに足がすくんでしまう質なんです。

また、お金が欲しくないか、と問われればそりゃ欲しいのだけど、家族3人が生きていけるだけの必要十分なお金があれば、それでいいかなと思っています。

物欲もそれほどないし、少ないお小遣いの中で本を買うのが唯一の楽しみというか。

本もブックオフでの購入が多いし。

 

そんな感じで生きているので、お金に対する執着があまりありません。

でも、そんなお金に対する感覚で仕事をしていたら、社長の言葉に「僕は働くことを甘くみていたのかも」と思った出来事がありました。

 

それは、同僚が広告費の承認を社長にもらう際のことでした。

 

事前にその額を見ていて高いなあと思いつつも、年末の忙しい時期に広告を打ってみて反響を見るのも今後の検証に役立つのかなという意識と、同僚の熱意にほだされ、まあいいかもと軽く考えていました。

 

でも、社長はもっとシビアに広告費が高すぎることを懸念し、実際の広告はどんなものか、果たしてそれがどれほどの成果があるのか、以前同様の広告を打った際の反響を教えてくれなどなど、いろんな方面からその広告費が果たして適正な価格なのかを考えていました。

そしてふと漏らした言葉が「自分の金だったら、そんなに使えるか?」でした。

 

そう、僕は自分の金だったらという視点が抜けていました。

もし自分が社長だったら、もし自分の金だったら、もっともっと真剣に考えただろう。また、同僚の熱意のほだされた、なんて甘い事は考えないだろう。

15年近く社会に出て、それなりに社会性の厳しさも知って、お金にもシビアになってきたと思っていたんだけれど、それは勘違いだったんだなあ。

 

社長視点と雇用者の視点。そこには大きな隔たりがあった。

僕は、働くことを甘く見ていたんだ。

 

僕なりに、真剣に、必死に働いてきたつもりだったけど、どこかで雇用者であることの甘さがあったのだろう。

働くことは、金銭的な自立、自己成長、社会への貢献だと思っていた。それはそれで大切なことなんだろうけど、それだけじゃ甘い考えでしかない面もあり、現実を知らない理想論者の言葉でしかない。

働いて、お金を稼ぐってことは、そんな理想だけではだめなんだ。

もっともっと厳しいんだ。

 

また、出世することへの執着、お金への執着が希薄であることが、働くことの本当の厳しい面から目を背けていたのかもしれない。

 

働くことって、今の僕が思うよりずっと厳しいことなんだ。

 

月曜からの働き方が、少し変わる気がした。