42歳、AppleとlifeHackと人生と・・・

lifehacker.jpライター。happy-applelife管理人。僕の行動でちょっとでも世の中をよくすることができたら、ちょっとでも誰かHappyにすることができたらうれしいです。




おとなしい、積極性がないことが"悪"という雰囲気でこども時代を過ごしてきて

f:id:dosakeng:20140504082926j:plain

 

僕は、こどもの頃から、そして今も、おとなしくて、積極性がない人間です。

こどもの頃は、それがずっとコンプレックスでした。生まれて、育った土地が田舎ということもあるのかなあ、おとなしいことは良くない、もっと積極的になりなさい、という雰囲気が親や先生などの大人にはありました。

中学の時はほんとひどかった。思春期を迎え、反抗心なるものが心に芽生えてきてるんだけど、僕はおとなしい、消極的な性格はそのまんま。でも、おとなしいのに、いっちょまえに反抗心があるから、大人や、大人に従順になってきているこどもから、変に目の敵にされて嫌がらせをされたり。

中学なんて、たまたま地域が同じというだけで集まった集合体。その中には、共通する目的などがあるわけではないのは当然。

文化祭かなにか、僕はまったくやる気がなく、消極的な態度をとっていた。でもそんな僕を周りの大人や大人に従順なこどもは許さなかった。文化祭かなにかの中で、くす玉が割れる瞬間があり、やる気のない僕は、その瞬間を見ようともせず、うつむいていた。そしたら、大人に従順なこどもの代表のような人間(先生や大人の前だけでは、いいこどもの様に振る舞っている、表裏のある奴だったなあ)から、「くす玉、見ろよ!(怒)」なんて言われた。

 中学の担任が、これまた、「やる気出せばなんでもできる!」「みんなで力を合わせてがんばれ!」なんてことをでかい声でいっている、青春しているバカな精神論者。そんな思想のもとで、前出のような大人に従順なこどもの代表のような人間が、さらに調子にのって、無理やり自分たちの論理の元に僕を否定し、僕を含め消極的な人間を無理矢理に自分たちの価値観の範囲におさめようとしてきていた。

その時の影響か、トラウマか、いまだにその時の担任、その担任に従順なこどものような人間を生理的に受けつけることができない。

 

おとなしい人間、消極的な人間には、興味のないことに対してやる気のない気持ちでいることすら認められないこと、積極的に、やる気に満ちあふれていることが絶対的に"善"なんだということを押し付けてくる大人たち。

 

こどもだから、周りの大人やこどもがそんな風に考えて、そんな風潮があると、どうしてもおとなしい自分に対して否定感が生まれ、しだいにそれはコンプレックスとなっていきました。

 

39歳になって、そのコンプレックスはまだ心にあります。でも、おとなしい、消極的でもいいじゃないか、とも思えるようにもなりました。おとなしい、消極的、それは言い換えれば、やさしい、落ち着いている、思慮深い、ともいえるんじゃないだろうか、そしてそれはその人の特徴であり、個性であり、そして長所でもあるんだ。そう自己肯定できるようになりました。

 

そんな僕だから、やる気のないひとにやる気をだせ!、積極的にやろうぜ!、なんて決して言わないようにしています。年齢的にリーダー的な役割を担うことがありますが、リーダーとしては素質に掛けるんでしょうね。

でも、体育会系乗りな、やる気出していこうぜ!、やる気になればどんなことでもできる!!的な精神論でなんでもやろうとするのは、どうも拒否反応があって・・・

 

僕がリーダーという立場になった時に思うのは、やる気のない、消極的なひともそれはそれで認めつつ、なにかその人のいいところを引き出せないか、もし興味を持つことがあればその灯火を消さぬよう、いかにそれを大きく燃やしてあげられるか、そしてお互いの人間性、考えを尊重した上で、いっしょに楽しくやれればいいかな、ということです。

 

力ずくで、精神論で、でかい声出して、なかば恫喝して、やる気を出せ!なんていっても、人の心には響かない。(いや、響く人間もいるんだろうな)少なくとも、僕のようなおとなしい、消極的な人間には響かない。

 

おとなしさ、消極的さ、などは、一般的には短所なんだろうけど、僕は見方をかえれば長所にもなりうると思っている。おとなしい、消極的なひとが、みんな自信をもってそう思えたら、きっと生きやすいんだろうな。

 

なんか感情のおもむくままに書き綴ってきてしまいました。読みにくい文章で、ここまで読んで頂いた方、すいませんでした。

 

まとめるなら、おとなしい、積極性がないことは決して"悪"ではなく、 それは個性として認められる世の中だと、おとなしい人間はもっと生きやすいだろうなあと、と思ったこと。そして、おとなしい、積極性がないことをコンプレックスに生きているひとに向けて、それは決して”悪”ではなくて、個性であり、長所でもあるんだから、そんな自分をそのまま受け止めてあげてください、ってことかな。

 

おとなしくてもいいじゃないか、そんな自分を好きになろうぜ!