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42歳、AppleとlifeHackと人生と・・・

lifehacker.jpライター。happy-applelife管理人。僕の行動でちょっとでも世の中をよくすることができたら、ちょっとでも誰かHappyにすることができたらうれしいです。




嫉妬という感情がほとんどない

39年の人生を振り返ってみると、嫉妬をしたことがほとんどありません。いや、嫉妬してたことを忘れているだけかもしれないし、嫉妬という感情を嫉妬と捉えていない可能性もあるのですが。

 

嫉妬を辞書をひくと、

人の愛情が他に向けられるのを憎むこと。また,その気持ち。特に,男女間の感情についていう。やきもち。悋気(りんき)。「―心」「夫の愛人に―する」

② すぐれた者に対して抱くねたみの気持ち。ねたみ。そねみ。「友の才能に―をおぼえる」

とありました。

 

羨ましいとう感情なら、子供の頃からあったと思う。例えば「友達な〇〇もっている、僕もほしいいなあ・・・」的な。

ただ、自分の中で、辞書に定義される嫉妬は、ほとんどありません。

 

ただ、さきほどから"ほとんど"ありません、という言い方をしているのは、社会に出て、36,7歳ぐらいの時、初めて嫉妬らしい嫉妬をしたことがあって、「あ、これが嫉妬ってやつなのか」と思った記憶があるためです。

 

その時の嫉妬は、ある後輩が、僕の苦手な上司と和やかに話をしたり、一緒に食事にいったり、することに対して感じました。

辞書の定義の「② すぐれた者に対して抱くねたみの気持ち。ねたみ。そねみ」だと思います。

自分にないスキルをもっていること、自分がやりたいと思っているのにできなことをやれてしまうスキルに嫉妬したんだと思います。

 

でもまあ、かといってその後輩に対して嫌がらせをしようとか、足をひっぱってやろうとかいう気持ちはまったくなく、どちらかといえば僕自身も信頼を寄せていたし、一緒に仕事ができてよかったと思っています。後輩から学ぶこともたくさんありました。

そう考えると、僕の感じた嫉妬は、ドロドロとした、憎しみなどを伴うものではなく、軽いものなんでしょうね。

 

僕が嫉妬をほとんどしたことがない、ということを他人にいうと、驚かれます。一般的には、みんな誰かに対して、嫉妬しているもんなんでしょうか。

僕が嫉妬したことがないのは、自分では、他人への興味がないことが原因なんだろうなと思っています。小、中学の閉ざされた環境の中で生きざるをえなかったために、悪知恵だけははたらくようないやな人間と関わらざるをえず、そんな中で人間に対して不信感というか、絶望感のようなものを持ち、結果人間に対する興味がなくなっていきました。できるだけ人間に関わりたくないという気持ちは、今も心の片隅にあります。

でも、高校、大学、社会と、大きく人間関係の環境が変わり、僕は少しずつおとなになり、信頼できる人間もこの世の中にはいるんだ、いろんな人間がいるんだということがわかってきました。それからは、すこしずつ興味を覚える人も増えてきたと思います。

 

僕の中に嫉妬という感情が生まれてきたということは、人間に対する興味というか、信頼できる人間もいるんだということがわかってきた、ということでもあります。

嫉妬という感情に狂わされることは今のところなさそうです。でも、嫉妬で自分の感情を押さえられなくなるということは、つまりそれは自分の中で他人に対する興味が大きくなったということでもあるんだと思います。

嫉妬という感情があるほうがいいのか、他人に興味がないほうがいいのか、今の僕にはわかりませんが・・・