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42歳、AppleとlifeHackと人生と・・・

lifehacker.jpライター。happy-applelife管理人。僕の行動でちょっとでも世の中をよくすることができたら、ちょっとでも誰かHappyにすることができたらうれしいです。




「助けてと言えない 孤立する三十代」という本を読んで

「助けてと言えない 孤立する三十代」という本を読んだ。

本の中で他の30代の方もいっていたけど、「明日は我が身」という言葉に共感を覚えた。
同じ30代として、思うところが多々あった。僕も「助けて」という声を上げることができない人間だから。こどもの頃から、人に助けをもとめることができない人間だった。それは、自分から誰かを誘ったりすることができない内気な性格だったから、というのが多分にあるんだけれど、同時にそうなるのも自分に原因が、責任があるのだと思っていた。今でいうところの「自己責任」ってやつだ。僕はこどものころから今に至るまで、自分に原因を求めてしまう。
「自己責任」という言葉がいつの間にか認知されるようになる前から、僕は何事も自己責任だとして、自分を責めていた。
社会に出てからも、ミスは自己責任だと思っていたし、会社に損害を与えたらそれは自分で補填しなければいけないと思っているところがあった。(客観的にみれば、それは自分だけのせいではないというのがわかるのだけれど。)
何事にも、いろんな側面があるように、この「自己責任」という考え方にも、いろんな側面がある。
例えば、うまくいっている時にはその責任感がいいようにマッチして仕事への取り組み方が尋常じゃないほど真剣になる。反面、マッチしなくなると、その責任感の強さゆえにできないことで自分を強く責めてしまい、追い詰め、そして自分を壊してしまう。
今の僕は、この本の中にでてきた人とは状況が違うのだけれど、「助けて」といえない点においては共通している。
他人を頼らず、自分でなんでもやろうとしてしまう。なんでそんな思考になってしまったのか。そこには、他人に頼んだら迷惑じゃないだろうか、とか、断られたらどうしようとか、考える自分がいる。自分で助けてと言えない状況に落ち込んでいるんだ。そしてそうなったのは、すべて自分の責任なんだと考えてしまう。
 
根本的にあるには、他人との関わりの欠如かもしれない。他人に頼んだら迷惑じゃないだろうか、とか、断られたらどうしようとかを必要以上に気にして、そんな他人を気にして面倒な思いをするぐらいなら、いっそのこと他人を頼らず、自己責任とすることで、自己完結するようにしてしまえば、他人と関わることがなくて、煩わしくなくなるんじゃなだろうかという考え方。
 
でも、遅かれ早かれ、自分一人の力ではどうしようもないことに、いずれぶつかるだろう。僕はなんでもひとりでやろうとして、ある程度、なんとかうまくやってこれた。でも、どうあがいても乗り越えられない壁にぶつかり、助けてといえず、心が折れてしまった。自分の力ではどうしようもない現実に、途方に暮れ、壊れてしまった。
 
がんばることは大切だけれど、ひとり頑張り過ぎると、いずれ壊れてしまう。でも、他人との関係性があれば、「助けて」といえるし、なにか問題の解決方法が見つかるかもしれないし、なにより一人ですべてを抱え込まずにすむ。
ひとりで抱え込むには大きすぎる事が世の中にはあるんだよね。
 
僕は、ひとりで抱え込んで、体を壊してしまったことで、助けてといってもいいだということを学んだ。とはいえ、頭ではわかっているんだけれど、自分の性格、考え方はそう簡単に変わるものでもなく、簡単に助けてと声を上げることはないけれど。
 
どんなに強くても、自分ではひとりでやっていけると思っていても、悲しいかな、ひとりでは生きていくのは難しい。
 
自分に対して、そして同じ時代を生きる30代に向けて。
 
助けてといってもいいんだよ。
ひとりで抱え込んで頑張りすぎなくてもいいんだよ。
抱え込んだことが重すぎて、その重みに自分が潰される前に、助けてといおうよ。それは、決して恥ずべきことではないし、他人に迷惑掛けてもいいと思うよ。その借りは、また今度返せばいいのだから。
どうしようもない時は、助けを求めよう。